オスカルの描かれ方が良い!
今でこそ、体と心の性別などは繊細なテーマとなっており、多様性が受け入れられ始めていますが、ベルばらが描かれた50年前はとてもそんな時代ではなかったはず。
生まれ持った性を生きるのが当然と信じて疑われなかった時代だったのではないでしょうか。
フランス王家付きの名門将軍家の7番目の末娘として生まれたオスカルは、それとはまた少し別。
絶対に後継者の軍人を育てなければいけないのに娘しか生まれなかった家の跡取りとして、自分の意思以前に、生まれた瞬間から男性として名前を与えられ、男性として優秀な軍人になるべく英才教育を受けて育てられるのです。
そして父の望み通り、その辺の軍人顔負けの強く美しい近衛兵へと成長し、嫁いでくるマリーアントワネットのお付きの大役を担うまでに育ちます。
女でありながら、男たちに紛れて軍の指揮を取るオスカルに、近くで見守るマロングラッセやアンドレ、フェルゼン伯爵などは時々かわいそうにとひっそり思うことがあるのです。
しかし当のオスカルは軍人としての人生に大満足。親の思惑通りに嫁がされ、跡取りをもうけさせられ、ドレスに宝石で着飾って毎日のように意味のない会話をして踊り狂うご婦人の生活など、羨ましくも何ともないご様子。
しかし、そんなオスカルも恋をする日が訪れます。お相手はあの、マリーアントワネット王妃の秘密の相手、フェルゼン伯。
マリーアントワネットに関連して男性同士として出会った彼と親しくなり、何度も助言をする一方、いつのまにか自分も異性として惹かれていることに気づいた時、オスカルは自分の中に女性の心が眠っていることに気づくのです。
初めて体験する胸の痛みに、オスカルの苦悩は始まります。
どれほど悩んだかというと、なんと軍服しか着たことのないオスカルが、自分の意思でドレスを着てフェルゼンの出席する舞踏会に出かけるほど。
望み通り、フェルゼンにダンスを申し込まれ、2人で踊ったあと、「あなたにとても良く似た人を知っている」とフェルゼンがオスカルについて語ったのを聞いたのち、フェルゼンに正体がばれそうになったと同時に走ってホールをあとにします。
夜風にあたりながらオスカルは、「これで諦められる…」と涙します。
軍人を恋する乙女に化けさせてしまうほど、愛ってすごいものですよね。
物語の登場人物って、固定されたキャラクターを崩壊させないことが多いと思うのです。
完全無欠の優等生はカッコ悪いところを見せないみたいな。
だけどベルばらの好きなところは、ヒロインのオスカルがとても人間臭く描かれているところ。
誰もが振り返るようなブロンドで容姿端麗、女に生まれながら素手で複数の軍人たちと渡り合えるような優秀な軍人。隊の統率まで任され、王家に忠誠を誓い、そのためなら王妃に助言まで行うオスカル。
そんなオスカルが、男として満足する人生の中で経験した女としての恋慕に動揺し、そこで初めて自分の女性としての人生と向き合わざるを得なくなるのです。
あの舞踏会で女として扱ってもらった日にフェルゼンへの想いを断ち切り、部下ジュローデルからの求婚を断り、最終的にオスカルは、小さい頃からひたすら近くで注がれてきたアンドレの愛を受け入れ、自分もまたアンドレなしでは生きていけないことに気づくのです。
アンドレとの結婚を決め、最後の戦へ出陣する前夜、オスカルはアンドレを部屋に呼びます。
しかし軍人として数々の戦を経験してきたオスカルも、いざとなると初めて男性と結ばれることを怖がり、そんなオスカルをアンドレが、大丈夫怖くないよ、と優しく包み込み、2人は無事に夫婦としての契りを交わすのでした。
戦から戻ったら結婚式をあげよう、と話しながら出陣する2人もまた、フランス革命へと身を投じることになるのです。
その日にオスカルを庇ったアンドレが撃たれて散り、すぐに続けてオスカルも後を追うのでした。
悲しい終わりなのに、幸せもまた残る終わりだと思います。
女としての幸せ、異性を愛することを知らずに育ったはずのオスカルが、軍人としての人生の中でまさに自力で見つけ、闘いぬいて手に入れた女としての幸せ。
手に入れて、夫婦ともに旅立っていったのならば、これは壮大な愛の物語であったのではないでしょうか。